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第一章 海葬師

ผู้เขียน: 佐薙真琴
last update ปรับปรุงล่าสุด: 2025-11-27 17:39:15

 朝の光が浮島第七区を照らすころ、深澄は既に儀式の準備を始めていた。

 海葬師の仕事場は浮島の最下層、海面すれすれの場所にある。波の音が常に響き、潮の香りが染み込んだ石造りの建物。壁には歴代の海葬師たちの名前が刻まれている。その中に、深澄の師である老海葬師、潮見の名もあった。

「また早いな」

 背後から声がかかった。振り返ると、同僚の蒼真が器材を抱えて入ってきた。三十二歳の潜水技師で、深澄の潜航をいつもサポートしてくれる。

「今日の依頼人、朝一番で来るって」

「ああ、聞いてる。浮島第三区の老人だろ? もう九十歳を超えてるらしいな」

 蒼真は器材を丁寧に並べながら言った。

「自分の葬送の場所を、生前に決めておきたいんだと。珍しいタイプだ」

「でも、賢明だわ」

 深澄は潜水服の点検を続けながら答えた。

「死を受け入れて、自分の還る場所を選ぶ。それは勇気がいることよ」

「お前はいつもそう言うな」

 蒼真は少し笑った。

「死を怖がらない。まるで友人みたいに話す」

「怖がらないわけじゃない」

 深澄は手を止めて、窓の外の海を見た。

「ただ……海は終わりじゃないと思ってる。変化の場所。次の何かへの入口」

「お前の師匠の教えか?」

「それもあるけど」

 深澄は胸元に手を当てた。そこには、いつも母の珊瑚の欠片を入れた小さな袋がある。

「自分で感じたことでもある。海には記憶がある。失われたものが、形を変えて残っている」

 蒼真は何か言いかけたが、扉が開く音がして口を閉じた。

 入ってきたのは、予想よりもずっと背筋の伸びた老人だった。九十歳を超えているとは思えないほど、目に力がある。白髪を短く刈り込み、簡素な服を着ている。

「海葬師の深澄さんですか?」

 老人の声は静かだが、確かな響きがあった。

「はい。お待ちしておりました」

 深澄は一礼した。

「私は鷹臣と申します」

 老人も丁寧に頭を下げた。

「突然の依頼で申し訳ない。だが、どうしても今日中にお願いしたいことがあって」

「承知しております。お体の具合は?」

「ああ、まだしばらくは大丈夫だ」

 鷹臣は淡々と答えた。

「医者には半年から一年と言われている。だが、自分の感覚では、あと三ヶ月といったところだ。だからこそ、今のうちに決めておきたい」

「分かりました。それでは、いくつか質問させてください」

 深澄は鷹臣を椅子に案内し、向かい合って座った。これは海葬師の大切な仕事の一つだ。依頼人の人生を聞き、その人にふさわしい海の場所を見つける。

「鷹臣さんは、海で特別な思い出がありますか?」

「ある」

 老人は即答した。

「私は若い頃、潜水士だった。深海の調査が仕事だった。危険な仕事だったが、海の底で見た光景は今でも忘れられない」

「どんな光景でしたか?」

「暗闇の中の、命」

 鷹臣の目が遠くを見た。

「光の届かない場所で、それでも生き物たちは存在していた。発光する魚、巨大なクラゲ、海底を這う奇妙な生物。人間の目に触れることもなく、それでも確かに生きていた」

「美しかったですか?」

「美しかった。そして……孤独だった」

 老人は静かに笑った。

「私はその孤独が好きだった。海の底で一人、ただ存在する。それが心地よかった」

 深澄は頷いた。

「では、明るい場所よりも、深く静かな場所がお好みですね」

「そうだ。だが」

 鷹臣は深澄の目を真っ直ぐ見た。

「完全な孤独ではなく、何か……命の気配がある場所がいい。私は一人でいたいが、完全に忘れ去られたくはない。矛盾しているかもしれないが」

「いえ、矛盾していません」

 深澄は微笑んだ。

「多くの方が同じことをおっしゃいます。人は一人になりたいと同時に、繋がっていたいと願う。それは自然なことです」

「あなたは若いのに、よく分かっているんですね」

「師から学びました」

 深澄は立ち上がった。

「鷹臣さんにふさわしい場所、必ず見つけます。今日、私が潜航して候補地を探します。後日、映像をお見せしますので、気に入った場所を選んでください」

「ありがとうございます」

 鷹臣も立ち上がり、深く頭を下げた。だが、扉に向かおうとして足を止めた。

「一つ、聞いてもいいですか?」

「はい」

「あなたは……『沈黙の庭』のことを知っていますか?」

 深澄の心臓が跳ねた。だが表情は変えなかった。

「立ち入り禁止区域ですね。海底地形が不安定だと聞いています」

「そう、公式にはそうなっている」

 鷹臣は深澄の目を見つめた。

「だが本当は違う。あそこには珊瑚がある。光る珊瑚が。そして……」

 老人は言葉を切った。

「私は若い頃、一度だけあそこに潜ったことがある。許可なく。見てはいけないものを見た」

「何を見たんですか?」

 深澄は思わず身を乗り出した。

「船だ」

 鷹臣は静かに答えた。

「珊瑚に覆われた、巨大な船の残骸。キサラギだ。あの船は本当にあそこに沈んでいる」

 深澄の手が、胸元の袋を握りしめた。

「そして、珊瑚に触れたとき、私は見た。夢ではない、記憶を。船に乗っていた人々の記憶を」

「それは……」

「信じられないでしょう。私も最初はそう思った」

 鷹臣は首を横に振った。

「だが事実だ。あの珊瑚には、何かがある。科学では説明できない何かが。だから政府は立ち入りを禁止している。パニックを避けるために」

 老人は扉に手をかけた。

「あなたは海葬師だ。死と記憶を扱う者だ。だから、いつかあなたもあそこに行くことになるだろう。その予感がする」

「鷹臣さん」

「気をつけなさい」

 鷹臣は振り返らずに言った。

「あそこで見るものは、あなたを変える。そして、一度知ってしまったら、もう戻れない」

 扉が閉まった。

 深澄はその場に立ち尽くした。蒼真が心配そうに声をかけてくる。

「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「ええ、大丈夫」

 深澄は深呼吸をした。

「準備を続けましょう。今日の潜航、いつもより深く行くわ」

「どのくらい?」

「三千メートル」

 蒼真は目を見開いた。

「三千? それは危険だぞ。記憶潜りでそこまで深く行く必要があるのか?」

「ある」

 深澄は潜水服に手を伸ばした。

「鷹臣さんは深海の孤独を求めている。なら、本当に深い場所を見せなければ」

 それは半分嘘だった。

 本当の理由は、深澄自身が深く潜りたかったからだ。鷹臣の言葉が、胸に眠っていた何かを目覚めさせた。あの珊瑚の欠片が、いつもより熱く感じられる。

 今日こそ、何かが見つかる気がした。

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